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2016/04/30 湘南国際村

明治大学全国校友滋賀大会に参加と琵琶湖周辺紀行

  9月6日(日)全国校友滋賀大会が大津プリンスホテル3階のプリンスホールで13時より開催され当支部から9名参加しました。朝JR逗子駅を8時に出発、新幹線品川駅発9時10分のひかり465号に乗り京都駅下車、大津駅に12時10分着、シャトルバスで小雨降る中を琵琶湖に面した高層38階建のひときわ目立つ会場へ。受付後、荷物をクロークに預け会場のホールで開始まで30分程休息。

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f:id:meijizuyou:20150914205159j:plain  1200名の校友が集う中、やがて大会旗が入場して国歌と校歌の斉唱、物故者への黙祷の後に大会が始まりました。大会は例年通り右手に来賓、大学から理事長・学長はじめ理事・各学部長他の方々、連合父母会の方々が出席、左手に校友会の会長ほか役員の方々が共に壇上に揃い、まず岩田守弘滋賀県支部長の歓迎挨拶がありました。向殿政男校友会会長の何時もながらのフランクな挨拶や日髙憲三理事長の威厳のある物静かな挨拶、福宮賢一学長の流暢な挨拶のあと三日月大造滋賀県知事と越 直美大津市長の祝辞がありました。ご両名とも滋賀県と大津のPRを話されていましたが、参加者全員に配布された大会の冊子にも内容が掲載されていました。面白いことに知事は「琵琶湖」を使い市長は女性でもあり「びわ湖」を使っていました。因みに大会のキャッチフレーズは“明治はひとつ びわ湖に集う紫紺の旗!”でした。固いイメージを避けたのかと思います。なお来年の開催県である三保文嗣鳥取県支部長の挨拶の後、万歳三唱で大会は終了しました。

 司会はBBCびわ湖放送の若い男女のキャスターで、大会は羽川英樹君と岡山瞳さん、(懇親会は牧田もりかつ君と岡山瞳さん)でした。明大卒ではなかったのですが(同放送に明大卒のキャスターがいなかった)3名の方にとって明大に対する思いは生涯忘れることはないと思います。

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 引き続き同所で記念講演となり長浜城歴史博物館太田浩司館長(S61文学部<院>卒)による『日本の歴史を変革した信長・秀吉』に耳を傾けました。“近江を制するものは天下を制す”と言われる戦国時代の歴史についての講演で信長・秀吉の天下統一の一端として石高制の確立,検地実施、度量衡の統一、農村の武装解除(刀狩)など経済的、社会的な説明にさすが明大史学地理学科卒と感心。

 懇親会は2階のコンベンションホールに場所を移しましたが、1台11名程座れる円テーブル席で1200名を考えるとなんと110台程の円テーブルが用意された細長い会場でした。通常は幾つかに間仕切りして使用と思われ、1つのイベントでこれほど入った事例は無かったのでは思います。園田英次大会実行委員長の歓迎挨拶で始まり、向殿会長によるキリンの秋限定ビール“秋味”での乾杯のあと、近江の地酒“旭日”の鏡開きもあり歓談、飲食に移っていきました。

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  神奈川県東部支部のテーブルが4か所設けられていて当支部参加者の砂山、石渡、細野、西山、仲内、山村、綾部、斉藤、足立は料理の真横のテーブルでした。隣のテーブルに元逗子に住んでおられた横溝正子さんもおられ、また川崎、横浜、鎌倉の各地域支部役員の方々とも歓談、大会参加は久しぶりだった斉藤八千代さんも顔見知りの方との再会歓談をしていました。当日の参加者名簿によると神奈川県東部支部の方は48名でそのうち逗子葉山地域支部が9名でした。神奈川県西部支部は52名で神奈川県からの参加者は100名でした。

 近江牛、近江米のおにぎり、鮒ずし、野菜のてんぷら、赤こんにゃく、そば、湖魚、フルーツほか盛り沢山の料理とビール、酒、ウイスキーを飲んで一息、席を外して会場を出ればガラス窓からは琵琶湖と対岸の草津市方面が見えました。

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 懇親会の後、タクシーで宿のアヤハレークサイドホテルに向いましたがこのホテルを選んだのは大風呂があること、一緒に歓談できる畳の部屋の宿、会場に近いという3条件に適っていたからです。4階の部屋で浴衣に着替え2階にある大風呂に浸かり、陶盤浴、岩盤浴の場所ものぞきました。畳の部屋に全員集まって自販機の缶ビールと会場で買った“赤こんにゃく”をつまみ(これしかなかった)夜遅くまで歓談。但しこの時期“びわ湖虫(揺すり蚊)”が大量発生しているため窓は開けられませんでした。

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 翌日は雨上がりで、石渡、足立の2名は6時前に早朝散歩として近くの芭蕉の墓がある義仲寺へ行きました。月曜日で見学できないことは判っていたのですが、隣家から低い塀越しに木曽義仲の供養塔と芭蕉の墓を見ることができました。両名とも逗葉駿台会の俳人を自称するため感無量でした。この足で緩やかな坂を上り膳所駅迄行き、戻ってホテル前の琵琶湖畔にも寄り、ホテルの建物の横にあった信楽焼の大中小の狸を見て帰ってきました。遠州七竈として知られる膳所焼の店が見当たらなかったのは残念でした。6時半から利用できる大風呂に浸かるとガラスの外は昨日と異なり琵琶湖が輝いて見えました。7時半に1階の広い比叡の間で外行く人と湖を眺めながらの朝食となりました。早めに朝食を済ませた西山、仲内、山村、綾部、斉藤の5名も散策で義仲寺を訪ねています。

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 1階の売店で土産を買っている頃、予約していた近江タクシーの乗客9人乗りのジャンボハイヤーが到着。9時にホテルを出発し観光旅行の始まりです。予め伝えていた予定表を運転手の大野さんが持っていたのを確認し、まず義仲寺に寄りました。朝散歩で来た人もいましたが、今度は隣の家に断って塀の外から見学。生まれ故郷が小林一茶と同じ砂山支部長も感慨深く覗いていました。次いで園城寺三井寺)へ。天台寺門宗の総本山で弘法大師の姪の子である円珍が開祖で円珍(智証大師)は24年間天台宗のトップ(座主)にいた人ですが死後、幾度となく延暦寺(山門)との抗争焼き討ちの度に再建されたといいます。国宝の金堂や重要文化財の経蔵そして、“三井の晩鐘”の鐘楼などの多くの建物を見学、ここでは滋賀県湖南市の下田茄子に因み茄子の付いたボケ防止(ボケ茄子)の三井寺お守り(ストラップ)を入手しました。

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 次は昔、近江の都があったという近江神宮へ。ここは小倉百人一首の最初の歌である天智天皇ゆかりの場所で競技かるたのメッカ。多くの歌碑がありましたが、また日本で初めて時計を設けた天皇に因み多くの時計会社が寄進の痕跡を残していました。スイスのロレックスから贈られた火時計が境内に置かれてあったのには驚き。銘板に“ROLEX・ANCIENT TEMPER FIRE CLOOK ・ PRESENTED  BY THE ROLEX WAHCH COMPANY RIMITED  GENEVA SWITZERLAND TO THE PROPER OF JAPAN ON THE OCCASION   OF TIME DAY 1919”とあったので間違いないものと確信。

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 次は坂本城を築いた明智光秀が生き延びて名を変え家康に仕えたという怪しげな噂がある天海大僧正の廟所である坂本の慈眼堂へ。ここは車窓となりました。次いで坂本の西教寺へ。天台真盛宗の総本山で知名度は低かったのですが明智光秀と一族の墓があり又客殿の桃山様式を伝える建物、屋根の猿瓦、襖絵は見どころがありました。堂宇の前に止まっている車の前面に菊の紋が付いていたのは天台宗の寺である証しと思いつつ本堂に入りました。阿弥陀如来の前で他の観光客と一緒にやや長い説明を聞くことになったのは予定外でした。

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  ここを後に堅田の浮御堂へ。近江八景”堅田落雁”で知られ写真で良く見る場所です。琵琶湖の水面の上に立ったことになり岸際は流れ藻が集まっていました。手前の松の袂に『鎖(じょう)あけて 月さし入れよ 浮御堂』の芭蕉の句碑がありました。f:id:meijizuyou:20150914230828j:plain

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 昼食は遅くなることを想定してホテルで朝食を多めにお腹に入れていましたが近江大橋を渡り昼食予定の近江八幡へ。皆の意見で“そば”にして運転手の推薦で日牟禮八幡宮近くの「たねや」にいきましたが、蕎麦屋は止めていたため少し離れた千成亭八幡堀店に入って近江牛丼を食べました。このおかげで幸いにも橋の上から両際に蔵が建つ八幡堀の流れを間近に見ることができました。近江八幡では今年のひつじ年に因み念願の“丁稚羊羹”を老舗の「和た与」で入手できました。大野さんの配慮に感謝。ジャンボハイヤー近江八幡の街並みを往ったり来たり十分に車窓から見学しました。

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  次に湖東三山の一つ金剛輪寺へ。ここは石渡さんが是非行きたいと希望していた場所でした。バスの駐車場の奥まで車で上り、石段の長い参道を帰りに一部分だけ足で降りてきましたが、山奥深い苔むす天台の寺院を体感しました。本尊の聖観音秘仏で拝観できませんでしたが、国宝の建物を見てまた日本で一番古いと言われる大黒天を拝観することもできました。楓の木が多く紅葉の時期の素晴らしさを想像しながら運転手が待つバス停まで下りました。なお金剛輪寺は珍しく大会資料に協賛者として広告を出されていましたが、後日 滋賀県支部の村田茂紀幹事長より2年程前亡くなられた濱中光礼住職は、なんと明大S37年政経卒で天台宗座主の次の役職である宗務総長をされた方であったことを知らされました。判っていればご子息の住職と話が出来たかなと思いますが、ご案内下さった年配の女性が奥様だったかもしれません。逗子市には神亀元年(724年)行基の開基したと伝える天台宗の古刹医王山神武寺があり何時か土屋慈道住職(80歳)に故濱中光礼住職のことを聞いてみたいと思います。

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 車は彦根市に入り今回の旅行の目玉にしていた彦根港突堤にある「琵琶湖周航の歌」の歌碑の場所に行きました。草が生い茂っている中に見つけ、ここでカラオケで西山さんがよく歌うこの歌を合唱しました。呆れたのか大野さんはその場を離れていました。彦根港はこの歌の5番の歌詞『古城にひとり佇めば』(彦根城)の碑があり、別の石に6番までの歌詞が刻んでありました。3番までと5番も合唱しています。

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 車窓から彦根城を見る予定が道路渋滞もなく時間が余ったので数人が橋を渡って彦根城の入り口まで散策しました。維新の廃城令の際に大隈重信の上奏で城の取り壊しを免れたというこの天守は、国宝に指定されている五城の一つということです。馬屋が修理中で50年に一度の“こけら葺”という屋根の葺き替え作業をしている現場も偶然見学できました。

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 米原駅には“ひかり530号”17時58分発の30分前に着き、大野さんにお礼を言ってジャンボハイヤーと別れました。女性で初めて紙幣に肖像が載った神功皇后の生誕地米原を後にしましたが、曇り空の中にも心配した雨も降らず、運転手にも恵まれ、比較的ゆったりした旅行となりました。全員70歳代でこの日歩いた距離は約15,000歩程でしたが疲れたという声も無く有意義な楽しい旅となりました。来年の全国校友大会は鳥取ですが、毎年,今年が最後の参加と言っている人もいて来年何人参加できるかは不明です。(長い紀行文と多くの写真を見ていただいて有難うございました。)

(近江タクシーの運転手大野さん、アヤハレイクサイドホテルの方、     

  わせて大変お世話になった滋賀県支部の役員の方も、このブログ見て下さいね。)