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2016/04/30 湘南国際村

矢嶋講師 100歳の郷土史家・黒田康子さんの棺を担ぐ

 去る10月1日逗子市山の根に住む100歳の郷土史家黒田康子(しずこ)さんが亡くなられた。地元の多くの方が黒田先生と慕っていました。 逗子の延命寺で4日通夜、5日告別式が鎌倉材木座の日蓮宗妙長寺・神 和秀住職を導師にして行われましたが、逗子中学校や私立横須賀緑ヶ丘高校の先生であったので多くの教え子の方々が参列されていました。

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 また逗子葉山の郷土史の象徴ともいえる方だったのでこの関係者も多く、今年6月21日(日)に逗子文化プラザさざなみホールで開催した当支部の平成27年度定時総会の記念講演でプロジェクターデモの際に来られた葉山郷土史研究会編集長の鈴木雅子さんも両日受付におられた。又、講演いただいた講師 (同研究会会長で関東学院大学教授)の矢嶋道文さんも出棺の際に棺を担がれていました。黒田先生は高齢とはいえこの7月には力強い声で講演をされていたので突然の訃報に驚きました。

 7月1日(土)のカラオケクラブ月例会で、5日(日)に逗子市民交流センター2階で開催される第5回歴史講演会のチラシが配られ、講師は旧三浦一族の92歳になる小野妙恭尼さんと99歳の黒田康子先生でした。森英二さんと聞きに行きましたが普段交流のある早稲田、立教の校友会の方々もおられ、黒田先生に生前会ったのはこの日が最後となりました。7月21日100歳になられ、9月半ば過ぎに平井市長が自宅へ総理大臣の賞状を届けに行かれて会話された話を通夜の際にお聞きしましたが、多くの写真に添えてこの賞状も葬儀会場に飾られていました。

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 明大OBで逗子市山の根に泉鏡花の養女泉名月さんがおられましたが、鎌倉材木座の妙長寺は、鏡花が金沢から出て来て尾崎紅葉に弟子入りする前2か月程いた寺で、弟子入りが叶ったあと逗子に住んでいます。神 和秀住職の先々代第42世村野宜忠住職が康子先生の実兄だった縁で導師になられたようでした。黒田康子先生も逗子に移られる前はお兄さんの縁で静岡県磐田市から鎌倉に移られ、一時ここから逗子中学の教壇に立たれていました。

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 黒田康子先生には3婆の1人に明大OBの飯島セツ子さんがおられますが、共に逗子郷土史研究・逗子市誌編集・ 古文書講座指導に当たられた方で、長い付き合いもあり告別式の際には弔辞を遺影に向かって切々と語られていました。 

 10月24日(土)美術鑑賞クラブ会員8名で日暮里にある朝倉彫塑館と上野の東京芸術大学大学美術館の見学鑑賞会を行いましたが、この芸大美術館で2年前に「興福寺仏頭展」があったことを思い出しました。昨年7月の白寿になる前に先生宅を訪ねた際にこの話が出て、興福寺の仏頭の発見者がご主人の黒田曻義さんだった縁で案内を受けてご家族で芸大美術館に行ったとのことでした。この時の写真を自らパソコンからプリントしてくれました。当時98歳とは思えない良い写真でした。芸大美術館窓口で当時のパンフレットと冊子の一部コピーをもらい、興福寺創建1300年の記念すべき年に先生が元気でおられて記念イベントに立ち会うことができて本当に良かったとの思いを強くしました。

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 黒田康子先生の喜寿の祝いの際に作られた?「この海の」と題する曲がありますが(作詞黒田曻義・康子夫妻、作曲は元田浦小学校音楽教師・逗子中学校校長鈴木直吉さん)譜面を掲載しておきますので明大OBで黒田康子先生と出会い思い出のある方は口ずさんで偲んでいただければと思います。

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