2020/01/10背景変更 裕次郎灯台

全国校友鳥取大会参加と鳥取城跡・三仏寺・竹田城跡等の旅を行いました

 第52回明治大学全国校友鳥取大会が、明治大学創立者岸本辰雄先生の生誕地である鳥取県に於いて11月12日前夜祭、13日記念式典・記念講演・懇親会が開催されました。当支部は、13日から砂山支部長ほか石渡、細野、仲内、綾部、根岸、西山、斉藤、山村の総勢9名で参加しました。根岸さんは全国大会初参加でした。

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 13日は朝、羽田空港から9時45分発の全日空鳥取空港へと飛び立ち会場へ直行しました。記念式典・記念講演は、「とりぎん文化会館」に於いて、出席者約1000名で開催されました。

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 第1部の記念式典は、大会旗入場、国歌・校歌斉唱、物故校友への黙祷から始まり、主催者挨拶、来賓・大学役職者・校友会役員の紹介、向殿政男校友会長挨拶、柳谷孝大学理事長・土屋恵一郎学長の祝辞、来賓として平井伸治鳥取県知事・深澤義彦鳥取市長・佐々木晃連合父母会長・岸本辰雄先生の曾孫岸本幸雄氏の祝辞がありました。 最後に次年度全国校友大会開催県である沖縄県支部長宮里博史氏の挨拶があり、万歳三唱で閉会となりました。

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 第2部の記念講演は、「鳥取出身・明治大学創立者岸本辰雄先生を語る」のテーマで、基調講演を法学部教授・明治大学博物館長・明治大学史資料センター運営委員の村上一博氏、鼎談は法学部教授・明治大学史資料センター所長の山泉進氏、鳥取県支部の伊藤康晴氏を交えて実施されました。

 第3部の懇親会は、「ホテルニューオータニ鳥取」に会場を移して開催されました。鏡開きの後乾杯し、明治大学マンドリン倶楽部OBのマンドリン演奏・和太鼓演奏等で盛り上がり、おいしい地酒と松葉がに、二十世紀梨など地元の珍味に舌鼓を打ちました。向井眞一神奈川県東部支部長以下管下地域支部の顔馴染みの方々も多く、斉藤女史も元逗子に住んでおられ、川崎地域支部として来られていた横溝正子さんたちと親交を深めていました。次年度開催県の沖縄県支部のアピールもあり、最後はお決まりの明治大学校歌を明治大学応援団OBの音頭で、全員肩を組み声高らかに歌い鳥取大会は盛況のうちに閉会となりました。

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 懇親会終了後、当支部一行は大会事務局に依頼した鳥取駅近くの「鳥取ワシントンホテルプラザ」に宿泊しています。

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 翌日は石渡さん策定の旅行日程に従い、チャーターしていた9人乗りジャンボタクシーで鳥取県内の観光に出かけました。最初は、鳥取城跡、仁風閣の見学です。鳥取城は、戦国時代から江戸時代の山城で、国指定史跡です。仁風閣は、鳥取城跡に池田侯爵が建てた洋風建築で、国の重要文化財に指定されています。

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 次は三朝町にある三徳山三佛寺の拝観。同寺は標高900mの三徳山に境内を持つ山岳寺院で、奥院の「投入堂」は国宝に指定されていますが、10月21日の鳥取中部地震震源地に近く、その影響で「投入堂」の参拝は禁止となっていましたので三佛寺本堂から引き返し、「投入堂」は遠くからの参拝となりました。 

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 次は「白兎神社」を参拝し、境内にある白兎が体を洗ったという御身洗池を見て、国道を挟んで続く因幡の白うさぎの神話の舞台である白兎海岸を眺めました。その後日本海沿いの国道を進み鳥取砂丘に向かいました。砂丘は東西約16km、南北約2.4kmの日本最大級の砂丘です。残念ながら雨のため駱駝にも乗れず、砂丘の造形美も満喫まで行かず、t短時間滞在の後、ジャンボタクシーは宿泊地の兵庫県新温泉町にある山陰湯村温泉に向かいました。

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 湯村温泉は、NHKテレビドラマ「夢千代日記」の舞台で知られる閑静な、いで湯の町です。宿泊旅館は、8種類の浴場がある老舗旅館の「佳泉郷井づつや」。夕食は、うまい地酒と蟹すき鍋をメインとした贅沢料理に大満足となりました。

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 翌日は、またジャンボタクシーで兵庫県内の観光に出かけました。予定にはありませんでしたが、明治OBの冒険家植村直己さんが、豊岡市日高町の出身で「植村直己冒険館」があるのを知り、駆け足で見学しました。また予定になかった「兵庫県立コウノトリの郷公園」も見学しています。次は但馬の小京都と呼ばれている歴史ある小さな城下町出石を散策。昼食には有名な「出石そば」を食べました。

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            (細長い植村直己冒険館

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 最後の観光地は朝来市(あさごし)にある「天空の城」と呼ばれている竹田城跡。竹田城跡は標高353.7mの山頂に築かれた山城です。息切れしながらも何とか全員が無事山頂までたどり着きました。夕刻福知山駅に到着。ジャンボタクシーと別れ山陰本線で京都駅に出て、京都駅から新幹線に乗り換え、逗子葉山以外の方もいたので品川駅で解散となりました。

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 大会の受付で受け取った資料の中に、鳥取県支部発行の『明治大学創立者 岸本辰雄~明治を生きた鳥取出身士族の生涯~ 』がありました。発行日は鳥取大会の日となっていました。冒頭に10年前に岸本先生が学んだ尚徳館跡地に岸本辰雄先生の顕彰碑(銅像)が建てられ、又今年9月に岸本辰雄屋敷跡に顕彰の看板も建て替えするなど鳥取県支部の方々の思い入れを感じさせられました。85頁のこの冊子の中に、興味ある話がありましたので紹介しておきます。

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鳥取岸本辰雄の名は、幼い頃学んだ藩校(尚徳館)跡に胸像が建てられたことにより、近年漸く知られるようになった。しかし、それ以前は、中央大学創立者の一人奥田義人の方が夙に知られていた。- - -博士と大臣の両方を手にした最初の鳥取県人として奥田は、長らく鳥取県人の人口に膾灸した。」また奥田義人氏と岸本先生との逸話も紹介されていました。 (山村)