2018/01/03背景変更 裕次郎灯台

全国校友新潟大会の思い出「新潟文化博物館を訪ねて」

 当校友会のブログを開始したのは2015年4月からでしたので、それ以前の行事については年2回発行の会報「駿台逗子・葉山」に掲載してお届けしていました。しかし紙面の制約もあり充分お知らせ出来ていません。今後逗子葉山に特に縁の深い行事などは「思い出」版としてブログ掲載したらと考え、まず手始めに逗子とも縁が深く多くの印象深い出会いがあった2014月年9月の全国校友新潟大会について「全国校友新潟大会の思い出 新潟文化博物館を訪ねて」として掲載することにしました。

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 逗子海岸中央からやや田越川方面に行ったところに「新潟文化博物館分室」があります。「黒門」の家として昔から有名ですが、主の伊藤淑郎さんとは、20年程前、盗難にあった自転車が黒門前に乗り捨てられていて通報していただいたお礼に伺って初めてお会いしたという奇妙な出会いでした。

この時、新潟の文化博物館のパンフレットをいただき何時か訪ねたいと思いつつ年月が過ぎて行きました。当時、葉山で第4回明治大学マンドリン倶楽部チャリティーコンサートを控え、慶明の縁もあり入場券を差し上げたところ、来場いただき後日「全員詰襟での一部、二部は清潔な青年達そのもので『青年ここに在り』といった感じで過ぎ去った自分達の青年時代を想い起したりして居りました。 お陰様にて大変楽しませて戴きました」という丁寧な手紙まで頂戴しています。またこの場所では「黒門カルチャー」の書道教室で船津名誉支部長の娘の山本京子さんが子供たちに教えておられました。京子さんには当支部の書道クラブが2012年に楽書展を開催したおりに出展いただいています。

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 黒門の場所は明大の大先輩 藤原楚水氏の著書「藻塩草」によると、伊藤さんの前は成瀬正恭氏の別荘だったそうで、我国にゴルフを伝えた先達と紹介しています。成瀬正恭氏は犬山城主成瀬氏(2004年まで犬山城を個人で所有していた)の分家の子孫らしく十五銀行頭取、神戸貿易銀行支配人等を務め、慶大卒で慶應義塾評議員でもあったそうです。黒門は鹿鳴館より移築したらしいとのことでした。この建物は明治40年代に11代将軍徳川家斉の孫松平康民により創建されたようですが、逗子小学校同期の及川洋一君が逗葉文芸「北斗七星第五号」(2014年4月発行)に『海辺の別荘 黒門 前篇』を寄稿しているので黒門の経緯はこれに譲ります。残念ながら後篇で「新潟文化博物館」について寄稿する前に急逝してしまったのは非常に残念に思っています。

 黒門 前篇の記事の中に正恭氏の長男正一氏が仲間の久米正雄菊池寛芥川龍之介、松岡譲等を黒門に呼んでいたと記されていますが、成瀬一家との深い付き合いが無ければ菊池も芥川も大成したかわからないと述べています。黒門は成瀬正恭氏から(正しくは十五銀行の子会社から)七代目の伊藤文吉氏(淑郎さんの父)に売却されました。

 2014年(平成26年)の明治大学全国校友大会が新潟に決まると、大会参加の旅行会で逗子とも縁の深い新潟文化博物館を是非コースに入れたいという思いが湧いてきて、念願の訪問が実現しました。

訪問する前に伊藤淑郎さんを訪ね閑談しましたが、なんと新潟の兄 八代目文吉さん夫婦には子が無く、淑郎さんの娘夫婦が養子縁組して新潟文化博物館に居るとのことでした。館長の兄伊藤文吉さんに逗子の明大校友会が訪ねる旨の連絡も取っていただきました。

 

 新潟大会参加旅行会は下記の行程スケジュールでした。

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 大会では実行委員長の田代和孝氏から歓迎挨拶、向殿校友会会長、日高理事長、福宮学長の挨拶、来賓の泉田裕彦新潟県知事、篠田昭新潟市長、他の祝辞が続きました。

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 その後の講演では新潟を故郷とする明大ラグビーに人生をささげた北島忠治氏について吉田義人監督が「北島監督の教えと明治魂」と題して熱弁を振るっていました。懇親会では米と酒の宝庫・新潟で多くの酒が出されていました。

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        (懇親会で明大グリークラブの出演もありました)

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     (右から2人目。弥彦神社前で西澤商店を経営する西澤哲司氏。

            明日、弥彦山に行くので寄ることを伝えました。)

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  (滋賀県支部長 岩田守弘氏(右)と。来年の滋賀大会に必ず参加を約束しました) 

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  (会場は千曲川が流れ着く信濃川河口に沿った場所で夕日がきれいでした)

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  この年8月に綾部宅で行ったバーベキューの集いに参加された近くに住む会員の守谷成美さんから、なんと新潟で泊まることにした鳥屋野潟に面した「割烹の宿 湖畔」のご主人堀健治さんが明大での親友であることを知らされました。この宿を決めたのは畳の部屋に集まって歓談できる旅館、大浴場があるという条件に適ってたまたま決めた宿でした。参加できなかった守谷さんからの連絡で堀さんには大変お世話になり、新潟駅に着いて大会に臨む際、荷物だけ先に宿に運んでいただけたのはとても助かりました。旅行の前と後に堀さんから案内やお礼の手紙をいただき明大の縁のありがたみを実感しました。

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          (「割烹の宿 湖畔」玄関前にて)

 新潟文化博物館では伊藤淑郎さんの娘さんのご主人で常務の伊藤英之さんの出迎えを受け、歴史をうかがわせる庭と館内をゆっくり時間を掛けて説明を受けました。逗子からの訪問ということで事前に連絡が行っていたため特別の配慮があったと思います。

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 (ジャンボタクシーと小型タクシーの2台で“豪農の館” 北方文化博物館に到着)

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    (出迎えを受けた伊藤英之さんより、まず庭から説明が始まりました)

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 (このブログ掲載の前日、テレビで角川春樹氏と俳優榎木孝明さんの因縁の対談を見ました。北方文化博物館の大藤の下に春樹氏の歌碑が在ることを思い出して載せました)

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         (囲炉裏を囲んで建物内部の説明を受けました)

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 館内に掲げられている扁額「君子居中庸」「倹以養徳」は伊藤家当主の理念、家風を表し、また伊藤家の小作人に対する心遣いが感じられる「田地買うなら精々悪田を選び、悪田を美田にして小作に返すべし」という家訓は現在も息づいているとのことでした。

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     ( 柱が三角、畳は菱形という奇妙な三楽亭も外から拝観しました)

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 新潟文化博物館を出て、ジャンボタクシー一行は万代橋、古町通りを見て新潟県護国寺を訪問。ここで明大戦没学徒慰霊殿で手を合わせた後に弥彦神社に向いました。

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 弥彦神社前の売店西澤商店のご主人西澤哲司さん(明大卒)とは、大会の懇親会で偶然会話していて、神社内をガイド顔負けで丁寧に説明していただき神社を参拝しました。西澤商店に荷物を預かってもらい九州東北部の英彦山姫路市雪彦山と共に日本三彦山と呼ばれる弥彦山(ランドマークと同じ634m)にもロープウエーで登りましたがあいにくの天候で日本海は見えませんでした。

 後日、砂山さんが「スペインポルトガルの旅」をした際に弥彦村商工会婦人部の四人組と一緒になり西澤さんをよく知っていてスペインの地で多いに盛り上がったという尾ひれまでつきました。

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      (西澤さん! 弥彦神社の素晴らしい案内有難うございました)  

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    (砂山さんがスペインで盛り上がった弥彦村商工会婦人部の四人組)  

 

 越後一宮弥彦神社の造営で多くの大工を指導し采配を振るった小林平次郎は乃木神社本殿、靖国神社本殿等を手掛けたその道では著名な宮大工です。逗子披露山に有った尾崎行雄邸も彼の手掛けた建物の一つとのことで、尾崎行雄邸の解体撤去される前に明大の仲間と見に行ったことなどが思い出されました。

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  逗子ゆかりの場所が他県にもあることを考えると、昔逗子海岸に「なぎさホテル」があり、ここで旧軽井沢に「なぎさホテル直営の山のホテル」があることを知らされ、泊まりに行ったことなどが思い出されました。長年の「新潟文化博物館」訪問の思いが明大の仲間と共に叶った喜びを味わった旅行会でもありました。