2018/01/03背景変更 裕次郎灯台

平成31年箱根駅伝応援会とラグビー全国大学選手権応援会報告です

 例年年明け最初の行事は箱根駅伝応援会ですが、今年はラグビー全国大学選手権で明治が優勝したこともあり、1月の行事として同時報告します。 

 

1.箱根駅伝応援会

 1月2日と3日は毎年正月の箱根駅伝応援会です。4年前の平成27年は総合4位でしたが3年前の平成28年は総合17位とシード権を失い、この年から8年振りに予選会入りになってしまいました。 

 明大は平成16年に14年振りに予選会で勝ち上がり平成17年の第81回箱根駅伝から出場常連校となり当支部箱根駅伝応援会がスタートしました。しかしシード権の壁は厚く4年間は予選会組でした。総合成績では平成17年18位、18年18位、19年19位と低迷し、この年は予選会も勝ち上がれず平成20年は出場できませんでした。21年8位、22年10位、23年5位、24年3位、25位7位、26年6位、27年4位とシード権を得て出場しています。思い出すと平成22年は往路1区から小田原の4区まで1位をキープしていて明大卒の山口 昇士(のぶお)箱根町長から箱根細工の往路優勝杯が明大に手渡されるのではと多いに期待させました。しかし5区登りはきつく6位となって期待は実現しませんでした。28年は14位となり再び予選会組となり29年は出場も18位で予選会も勝ち上がれず平成30年は10年振りに出場できませんでした。 

 今年の箱根駅伝ですが、昨年の10月13日(土)の昭和記念公園での予選会で明大は5位で勝ち上がったもの総合力では劣り10位以内になんとか入りシード権を確保したいというのが1年振りに応援会に参加した者の切なる希望でした。

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 会報第36号(平成31年1月1日号)に西山さんが記しているように予選会に出場した12人中6人はハーフマラソンの自己記録を更新し5位の成績で箱根駅伝60回目出場となった明大としてはそれでもシード権確保はかなり厳しい状況でした。またコーチから昇格した山本佑樹新監督のもとでの初の箱根駅伝でもありました。2日と3日は共にJR逗子駅に9時集合し、藤沢地域支部の応援場所である南仲通り交差点前に行き藤沢地域支部以外にも鎌倉地域支部や他支部の方々と一緒に応援です。2日は毎年逗子駅前で逗葉稲門会の方々と顔を合わせ新年の挨拶をすることが多くあります。逗葉稲門会の方々は藤沢橋近くで応援されると聞いています。

 2日の参加者は5名でしたが、これはラグビー全日本大学選手権の明早戦と重なったことと3日に応援から戻って飲み会があることが影響して少なくなっています。藤沢地域支部の応援場所のテントで持参した年賀の酒を手渡し参加者の署名帳に記帳したあと甘酒をご馳走になりました。

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    暫く沿道に並んでトップ選手が来るのを待つのですが上空にヘリコプターの音が聞こえるまで今年は長く感じられました。ここは3区で1年の手嶋君に変わり3年の阿部君が拓殖、国士舘、明治、法政、神奈川、中央学院の10位から15位の中に入って走り去っていくのを恒例の横長応援垂幕を持って応援しました。早稲田はこの後でシード権確保は難しいと感じられました。阿部君は17位でタスキを受け5人抜き12位で4区3年三輪君につなぎ、彼も4人抜いて8位で5区2年酒井君に託しました。明大2年生は全員初出場であることと、山登りに卓越した選手が見当たらないこともあり往路は11で終わっていますが復路での10位以内確保の期待が高まりました。

 3日の参加者は前日ラグビーの応援組や初参加の渡邊竹夫夫妻を含めて10名でした。2日同様に記帳と甘酒を頂いて応援しています。往路では11位の明治は、10位の中央学院と42秒差で後ろの中央、日大、国士舘早大日体大の16位迄差は3分以内という接戦でどう転ぶか判らない状態です。

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 明大は11位をキープして応援場所の8区には1年の名合君に変わって4年角出君が来ています。最終ランナーを応援した後、逗子に戻り例年通り千登世寿司でテレビを見ながら10区最終区間の結果を見ています。明大の9区は岸君から変わった2年村上君が好走して最終ランナーのキャプテン4年坂口君に後を託すことになりまた。坂口君の体調不良のアクシデントで総合17位と残念な結果となりましたが、箱根駅伝ではこれまでもアクシデントで予選会に回るケースが多くみられ、昨年予選会に回った駒大は4位の成績でした。今年3年連続予選会となる明大が、来年も箱根駅伝に出場し山本監督の元で上位を狙うチームになることを願っています。昨年3位で今年12位とシード権を失った早大の奮起にも期待したいと思っています。

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2.ラグビー全国大学選手権応援会

 1月2日の全国大学選手権で昨年12月の明早ラグビー戦の雪辱を果たした明大は、1月12日(土)に天理大との決勝に臨みました。天理大は1月2日に帝京大を破り7大会振り決勝進出で初優勝へ2度目の挑戦でした。丁度この日は1月新年会前の役員会でしたが役員5名(仲内・林・西山・小川・根岸)が応援会を結成して秩父宮ラグビー場に駆け付けました。明大は昨年に続き2年連続決勝進出で昨年は帝京に20対21で惜敗していました。昭和39年度(1964年度)法政の優勝で始まったラグビー全国大学選手権は昨年まで帝京大が9年連続優勝しており、第55回の今年これを阻んだ天理大は2度目の決勝進出でした。

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 当日はJR逗子駅に12時に集合、キックオフは14時15分ですが早めに出かけ、1月2日に出場が決まってすぐ購入した入場券席(A指定席メイン 2ゲート西W 後13列24番他4席)で応援しました。雪の降りそうな寒空の下、1時間前から「貼るカイロ」と「お酒」で防寒対策をしていましたがキックオフの前には応援席は8割以上が 明大応援で、メイジの小旗で埋め尽くされ異常な熱気でした。完全アウェーの関西の天理大としてはこれはやむ負えないと思われました。また明大なので入場者が多いのではとも思われ2年前までの帝京大東海大、筑波大、早大戦などはこれほど入場者がいたのかと思えるような状況でした。

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 試合は報道にあるように開始直後トライを奪われたあと、山崎、高橋のトライで前半を12対5でリード、後半も山沢のPG,武井のトライで点差を広げたあと、天理大の猛追で5点差まで詰められましたが天理大のミスもあり22大会振り13度目の優勝を飾りました。勝因はやはり天理大の防御網を何度も突破出来たことと天理の3人の外国人選手を3人がかりのタックルで封じるなどディフェンスがほぼ完ぺきだったことだと思います。

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 前回の優勝は、北島忠治初代監督が亡くなった平成8年度(1996年度)で、3年生だった田中澄憲監督はSHとして優勝に貢献。翌97年度は主将として明大初の3連覇を目指しましたが、決勝で関東学院大に敗れています。田中監督は明大が常勝を誇った「黄金の1990年代」に学生時代を送り、この90年代では10年間で大学選手権決勝進出8回、優勝を5度しています。 

 試合経過は役員会の席で砂山さんからスマホ情報が流され、終了後は現地の小川さんからも報告が届いています。それによると試合後、ラグビー場周辺の飲食店はどこもメイジファンで一杯でしたが外苑前駅の前のそば屋に入ることができ、まずは祝杯を挙げました。林さんと西山さんはコートを脱ぐと下はメイジのジャージーだったので他の席のメイジファンから次々と声が掛り1時間もするとお客は殆どメイジだけになってしまい大祝勝会となりました。

 また後日小川さんから1月16(水) 22:00~22:25NHKの「クローズアップ現代プラス」で『メイジの優勝までの軌跡と田中監督への密着取材』の放送案内があり、お見逃しないように!と添えてありました。

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               ( 田中澄憲監督 )

 同番組では、これまでのメイジに無かった強化策が紹介されていました。例えばランニングでの全速で走る時間と流す時間、トータル時間など全選手にGPSを付けて記録。ウエートトレーニングでもFWは自分の体重の2倍を1日に上げる回数。など全て数値目標化しコンピューターで管理していました。日常生活でも上下級生を問わず掃除、整理整頓などを徹底、挨拶合宿所周辺の子供とのラグビー交流など社会人としてやるべきことを徹底していました。また監督と選手、キャプテンと各選手間のコミュニケーションの強化も図っていました。これが続けば正に「メイジの黄金時代」到来も夢では有りません。